スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
優しい仕打ち
- 2008/10/31(Fri) -
(ひと月も前になるが) 前回の更新で、ちらと「腹上死」について書いたら、普段は何の音沙汰もない友人数名からコメントをもらった。そのほとんどが、(表層的な)共感の意であり、ああ、僕は完全に誤解されてしまったなという感じである。
そんなことを代弁したわけじゃないんだよ!と声高に主張したところで、それは単なる言い訳のようにしか受け取られないものだから、やりにくい。

もっとやりにくいのが、今回の表題でもある、優しい仕打ちだ。

優しさと一言で表しても、それを本質的に捉えることは難しい。
少しでも僕のことを知っている人間なら、僕が優しさからは遠く離れた性格にあるということを知っているだろう。こんなことを自分で書くのは悲しいが、自分が優れた人格者でないことは確かである。

しかし、少なからず、最低限のモラルは持ち合わせているつもりだ。たぶん。
いや、モラルとは言わないまでも、自分なりの判断基準は確固としてある。おそらく、……
(こういうことは書いていく内に段々と自信がなくなるから、面白い)

時として、他人の不幸をネタにして楽しんでいる自分がいるのは確かだが、それでも自分の中でネタにしてはいけない不幸の線引きというものはしているつもりだ。

……そう、線引き!
今日の話題に「線引き」はキーワードかもしれない。

例えば、何に関しても正論を言う奴がいる。そして、同様に何に対しても優しい。それが、その人間にとっての自然な振る舞いであり、やっぱり優しさなのだ、と。

でも、それに嫌悪を感じてしまうのは僕だけだろうか……

そういう奴に対して、空気を読めよ、などという野暮な突込みを入れるつもりはない。ただし、本当にそこにはあなた自身の意思はあるの? と訊いてみたくなる。

様々な事柄に対して自ら線引きすることが出来ないから、ひたすら全部に正論をぶつけているだけじゃないの? それって、○×ゲームにおいて問題自体には解答せずに、ただ全問○をつけて点数を稼ぐやり方と同じじゃないの?

中途半端な優しさほど残酷なものはないと言うが、僕は浅はかな優しさも同様だと思う。無責任な優しさも、自己陶酔的な優しさも、その優しさを正解だと思い込んでいる優しさも、すべてがヒドイ仕打ちになりかねないと思っている。

それを実際にそういう人間に伝えたところで理解は得られないのだが……

そういう奴ほどよく使うフレーズがあって、 「考え方はヒトそれぞれだから」

この言葉が、本当の意味での優しさを放棄することになりかねない意識のあらわれだと、どうすれば伝わるのだろうかと日々考えてしまう……
スポンサーサイト
この記事のURL | 【雑記】 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<青い鳥の行方 | メイン | 君の望む死に方>>
コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://underground85.blog26.fc2.com/tb.php/14-130bc95f
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。